川瀬からの庭園についてのお話access
私たちのお庭
高校を卒業し、今58歳になり39年間の間庭から沢山のものを教わりました。
今私が思っている事は本当に素晴らしいものを与えてくれたという事です。この40年間の中には時代・文化が変わり、その方向性はスピードと便利さを追求し資本主義の中で電気社会が築き上げられた時代から見れば江戸時代初期、桂離宮、修学院、仙洞御所などがあるわけですが、江戸時代を経て明治・大正・昭和といった時代が三百五十年間の時空を超えて今まだ尚それらの有様が変った中でもとどめているわけでございます。
明治を超え大正を超え、昭和といった中、戦争が終わり復興が始まり、まさにその後の六十年間という時代は三倍も四倍もの速さで動いたのでないかと思います。それは機械・電気・水道等の便利さの追求、今までの三百六十年間の中の三百年間の人々達にとってはこのような生活は夢のようなものではないでしょうか。まさにそういった中で私達自身が本当の意味での露地として残さなければならなかった庭、それが桂離宮であり修学院離宮であります。
ブルーノ・タウトという方が訪れ、その素晴らしい造園的な美しさ、庭の美しさが表現され今ではブランド化され、皆そこには何の疑いも無くこれが世界に誇る名園だと思っておりますが、ただの驕りにしかすぎないかもしれません。今まさにもう一度、原点に帰らなければなりません。日本人が持っている本当に素晴らしい間性や感覚、庭を守ってきた人々達が汗水をかき繋げてきたこのすばらしい庭であります桂離宮や修学院には便利さを追求し新五条通りやまた物集線といった大きな道、また修学院にも白川通りといったそれまで無かった道が出来、田畑は全て無くなり今や住宅が立ち並ぶそんな世界でございます。そういった中、最後の砦、露地であった為に今その空間は三百六十年を経ても潰される事はありませんでした。都が出来る時に沢山の道を作り、忘れられたような姿になっているわけでございます。しかしながらこの中には日本人が忘れてはいけない素晴らしいものが沢山詰まっています。今その事についてこの本のなかで述べていきたいと思っています。
日本人はこの素晴らしい季節を感じられるこういう風土・自然・水を大切にする。そしてお米を造りひとつひとつ丁寧な作業で田んぼに苗をきっちりと升目で植え、そして草をひき育て、そして水の有難みを忘れずに米を作ってきた民族でございます。そういう素晴らしいものに対して、恵みに対して精一杯努力し、そして小さな面積の中で沢山の収益を上げるために努力してきました。それを今や楽に買える機械・道具を開発し、何もかも手を煩わせる事がなく少しでも楽できる社会を構築してきたことにあります。ただ庭はそういう事はわずかしか無いかもしれませんが、新しい道具のブロアや草刈機、色々な道具のおかげでスピード化また楽を覚えるということがあるわけです。
ただ、一から百までそういう物に頼り、特にブロアで清掃をする時、風を吹きかけて落ち葉を集めたりするような道具は私はこのお庭にはふさわしくない道具であると思います。それは本当の意味での良い管理というものに逆らうということになるわけでございます。色々な面で矢をはく、熊手で掃きてほうきで掃きその落ち葉をいしみで手熊手で取って砂利をどかして葉っぱだけを運ぶといったひとつひとつのきめ細かい心、思いやりを持って庭の本当の姿を維持していくという事は人の温もりある思いと行動にあると思います。それははき掃除、単なる掃除というものではございません。これは熟練の技術と技が必要でこのお庭の中で一番、掃除なんて簡単なものだ、今は掃除機をかければいいという時代でございますが決してそんな甘いものではございません。ひとりひとりの温かみのある手でそのゴミを集め、そして砂利も一緒に捨てないように少しでも砂利を残して、石というものを大切にする。その様な事が今の私たちが無くしつつある姿だと思えるわけです。
このお庭で手入れをしたり役目をはたしたり景観を守る為に沢山の人々が働いています。基本は自然の温もりの中、鳥がさえずり砂利の上を一歩一歩歩く時にはざくっざくっという音がし、そよ風がふいて葉っぱが揺れる。その音がなんとも素晴らしい世界を満喫できるのは思いやりをもって庭を管理することが一番でございます。その日本人が忘れてきた部分を庭を通して思い出して頂くという事が私たちの仕事の一番大切な部分ではありませんか。世界に勝る風土、季節、島国である為に海岸から山のてっぺんまでは距離が短く、そしてその中には川があり盆地があり岩がある島国で小さな国ではございますが、そこに集約された物、人が一生懸命に想いを持って頑張ってきたもの、そして山の物、川の物、海の物、何もかも素晴らしい質素で物を大切にするという日本人の魂、それが今大切なお庭を守る原点でございます。
その原点を崩してしまえば名園などではありません。ただの公園や緑地にしかならないのではありませんか。この今まで先人達が築き上げてきた素晴らしい物、素晴らしい管理を通して、その庭を通して今忘れてしまいそうになっている我々自身の中にもう一度忘れかかったものを思い出してもらう為、仕事を頑張り、又、また、ひとりひとりがやっている事がこれから先も残っていかなければなりません。ブルーノ・タウトが褒め称えた桂離宮、修学院の時代と今これだけ発達した中で楽を覚えた時代とではその違いは歴然でございます。
■